僕の持つ、たくさんのバラ。



あなたに贈りたい、僕の気持ち。











そっと、そっと、



大きな花束を抱きしめていた。












僕らの住むこの毛糸の世界。
住民はみな老いることはない。
決まった姿で創られて、変わることなく生きていく。

世界の一部を任された僕らも例外じゃなかった。


僕は他の統治者に比べて少し小さい。
そんなことでバカな住民たちはすぐ僕を侮る。バカにする。


別に、油断を誘って不意を突くのに好都合だから気にはしていない。


そう言い聞かせる毎日。
小さな憤りと、独りの不安。


いつだって、僕は、認めてほしかったのかもしれない。











その日、僕は手品をしていた。

いつもしていた手品だった。
僕を餓鬼やら小娘やら野次を飛ばす暇人連中。
そんな奴らを無視しながら笑顔で手品。

何も変わることはない。

繰り返す、繰り返す


ふと、目の前に映る、描かれたことの無い景色。


長身痩躯の見知らぬ男性。
差し出せれた一本の花
淡く、きれいなピンクのバラ。

新手の茶化しか、といつもの笑顔

「僕は男ですよ?」

ちょっと口調に怒りを込める。

「知っている。女ではない。だが、男でもないはずだが?」

ハッとした。

この男は一般人じゃない。

取り繕うことをやめ、相手を窺う。

その様子を黙って見ていた男が笑みを含みながら言う。

「やはりそれが君の顔か。」

なんだかムッときた。
男は続ける。

「安心しろ、これは君の芸を称してだ」

そう言うと、男は僕にそのバラを渡し、去った。


あの男の言動は一つ一つが気に食わない


そんなことをグダグダと考えながら
その男からの贈り物をしっかり握っていた。



はじめて描かれた光景



そっと胸に手を置いた。

何故かそのバラは暖かく感じた。











僕は、その男を知った。

同じ、統治者だった。

それだけじゃない。

身分を隠している、その男は――











はじめはただ弱みを握ったことがうれしくて
その男のもとに何度も何度も足を運んだ。



いつも違う景色。

飾ることの必要ない場所。


そして何より、

男は僕をバカにすることはなかった。

男は僕を追い出すことはなかった。



一緒にいるデコッパチなんか気にならない。

いつの間にか僕にとって

その男の隣が、唯一、心休まる場所だった。




僕は尽くした。


その男の命じるまま

その男の望むまま


僕という存在を

その男が目指した世界に、



あなたが夢見た理想の中に

僕の姿があるように





いつか見たあなたの瞳が


僕を映したことがないのを知っていても











僕は、全てをバカにしてきた。

ちっぽけな虚栄心が僕の世界を鮮やかに装飾した。

脆くて、簡単に無くなってしまう

とってもとっても甘い世界。




全てが壊れていく。


僕には止められなかった。


あなたの期待に添えなかった。



はじめの姿を覗かせた世界。


そこに残っていたものは




淡く、きれいなピンクのバラ。

はじめてもらった、優しい心。




何も、それを遮るものはない。
何も、それより映えるものはない。

僕はそれを受け止めた。



どこからか鳴り響く鐘の音

動き始めた周りの空気



温度はもう無いはずなのに
そのバラはあのとき以上に暖かった。









僕の持つ、たくさんのバラ。
あなたに贈りたい、僕の気持ち。

そっと、そっと、
大きな花束を抱きしめていた。



あなたがくれたこの心

でも僕はあなたに報えなかった。



この気持ちを送る資格は僕にはない。





1000のバラに、一本足りないこの花束





そっと、そっと、
大きな花束を手放した。



あなたに渡すことはできないけれど

せめて想うことだけは許して下さい。





僕に色を、温もりを、教えてくれた大切な人





僕の手から落ちた大きな花束は

跡形も残さず消えていった。








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